やわらなかな風が彼の頬をなでると、心地よさそうに目を細める。
そんなヘンリーのことを見つめながら、
ひととき、前世の姫の気持ちとシンクロする。こんなに純粋でまっすぐな人と一緒にいたら、姫も、きっと幸せだったんだろうな。
遠い記憶に想いを馳せていると、ヘンリーがそっとつぶやく。
「流華……。僕、たとえ今別れがきたとしても、後悔はないよ。
ずっと全力で流華を愛してきたから。 自分のやりたいようにやって、想いを伝えて。 こうやって、たくさんの流華との思い出も作れて、本当に幸せ。 ……ありがとう」なんだかヘンリーの様子がおかしい。
もしかして――「まさか、また……?」
私が不安な眼差しを向けると、ヘンリーは優しく微笑み首を振った。
「ううん。今回は本当にいつ消えるのか、まったくわからないんだ。
でも、だからこそ。いつ消えてもいいように、僕は流華と過ごしてるんだよ」そう言うと、ヘンリーは悪戯な笑みを浮かべる。
「……でも、ちょっと龍に悪いかなって、反省中」
「ふふっ、大丈夫よ。
龍はヘンリーのこと、認めてる気がするから」「うん、僕もそう思う。
僕も龍のことは認めてるよ。龍ならきっと、流華を幸せにしてくれるって。 でも――」突然、ヘンリーの表情が険しくなった。
「あいつはダメ! 流華、あいつはダメだよ!」
勢いよく体を起こしたヘンリーが私に迫ってくる。
……ああ、“あいつ”って、相川さんのことか。
ヘンリーの意図を察した私は、思わず吹き出してしまった。
「大丈夫、私、龍一筋だから」
その言葉に安心したのか、ヘンリーがほっとした表情で笑う。
「うん! やっぱり流華には龍だよ」
そう言って、私の隣に座り直した。
太陽が傾いていき、橙色の光が芝生に色をつけはじめる……。
その
やわらなかな風が彼の頬をなでると、心地よさそうに目を細める。 そんなヘンリーのことを見つめながら、 ひととき、前世の姫の気持ちとシンクロする。 こんなに純粋でまっすぐな人と一緒にいたら、姫も、きっと幸せだったんだろうな。 遠い記憶に想いを馳せていると、ヘンリーがそっとつぶやく。「流華……。僕、たとえ今別れがきたとしても、後悔はないよ。 ずっと全力で流華を愛してきたから。 自分のやりたいようにやって、想いを伝えて。 こうやって、たくさんの流華との思い出も作れて、本当に幸せ。 ……ありがとう」 なんだかヘンリーの様子がおかしい。 もしかして――「まさか、また……?」 私が不安な眼差しを向けると、ヘンリーは優しく微笑み首を振った。「ううん。今回は本当にいつ消えるのか、まったくわからないんだ。 でも、だからこそ。いつ消えてもいいように、僕は流華と過ごしてるんだよ」 そう言うと、ヘンリーは悪戯な笑みを浮かべる。「……でも、ちょっと龍に悪いかなって、反省中」「ふふっ、大丈夫よ。 龍はヘンリーのこと、認めてる気がするから」「うん、僕もそう思う。 僕も龍のことは認めてるよ。龍ならきっと、流華を幸せにしてくれるって。 でも――」 突然、ヘンリーの表情が険しくなった。「あいつはダメ! 流華、あいつはダメだよ!」 勢いよく体を起こしたヘンリーが私に迫ってくる。 ……ああ、“あいつ”って、相川さんのことか。 ヘンリーの意図を察した私は、思わず吹き出してしまった。「大丈夫、私、龍一筋だから」 その言葉に安心したのか、ヘンリーがほっとした表情で笑う。「うん! やっぱり流華には龍だよ」 そう言って、私の隣に座り直した。 太陽が傾いていき、橙色の光が芝生に色をつけはじめる……。 その
最初は少し抵抗があったものの…… ボートから見える景色に、心を奪われてしまった。 水面は穏やかで、ボートが進むたびにやわらかく波打ち、日光を反射してきらきらと輝く。 湖の周りには色とりどりの花々が咲き誇り、そよ風にゆらゆらと可愛く揺れる。 時折吹き抜ける風が木々の葉を揺らし、軽やかで心地よい音を奏でていた。 そして、どこからともなく聞こえてくる鳥のさえずり―― スワンボート、いいかも。 深呼吸すると、瑞々しい空気が体を満たしていく。「気持ちいー」 うんと伸びをすると、ヘンリーは満面の笑みを浮かべた。「うん! すごく楽しい。きっと流華と一緒だからだね」 その無邪気な笑顔を見つめながら、私は考え込む。 なんだかな……。 ヘンリーは、いつも純粋に私のことを想い続けてくれる。 それは正直、嬉しい。 だけど。 ヘンリーは平気なのかな? 私には龍という恋人がいて……振り向いてもらえないこと、わかってるよね? それに、私たちはいずれお別れしなくちゃいけない。 それは決まっていること。 どうして、そんなにまっすぐ愛し続けられるの?「……辛くないの?」 ぽつりと漏らした言葉に、ヘンリーは不思議そうな顔をした。「ん? 何が?」「え? そりゃ、私と一緒にいること」 ヘンリーは、言葉の意味が理解できないようだった。 首を傾げたあと、ニコリと笑った。「辛いわけないでしょ? 流華と一緒にいられるだけで、僕は幸せだよ」 その笑顔は、すごく幸せそうで……。 そんなヘンリーのことを見ていると、胸が温かいもので満たされていく。 この純粋さに……幾度となく、救われてきた。「ヘンリーって、すごく素敵な人だよね」「えっ、褒められてる? 嬉しいな、流華、大好き!」 テンションが上がったヘンリーは、その勢いのまま
「うわー、綺麗!」 視界に飛び込んできたのは、一面に広がる緑の絨毯。 周りを見渡せば、色とりどりの花畑が点在し、たくさんの木々たちが風に揺れていた。 見ているだけで、心が癒されていくようだ。 マイナスイオンのおかげか、空気も美味しく感じられる。 今日は、運よく晴天―― あたたかな日差しが降り注ぎ、空は青く澄み渡っている。 私は大きく深呼吸した。「……気持ちいい〜」 ヘンリーは目を輝かせながら、景色に見惚れている。 無邪気なその横顔が、子どもみたいで……自然と頬が緩んだ。「あー、なんだか思い出すなあ、ねっ!」 嬉しそうに笑いながら、私をまっすぐに見つめてくる。 思い出す……とは、前世のことだろうか。 確かに、前世の私たちは、よく草原でデートをしていたような気がする。「流華、行こう!」 ヘンリーは、私の手を取ると走り出した。 楽しそうに駆けていく彼の背中を見つめながら、たまにはこういうのも悪くないか、と思った。 すっかり彼のペースに巻き込まれているような気もするが……まあ、いいか。 ヘンリー楽しそうだし。 今日は付き合おう。 この前、お世話になったしね。 そう決めた私は、今を楽しむことに集中するのだった。 この広大なテーマパークは、一日ではとてもじゃないけど回り切れない。 それを知ってか知らずか。 ヘンリーは子どものようにはしゃぎながら、私を連れまわしていく。 パーク内を巡り、様々なアトラクションを楽む。 メリーゴーランドに始まり、動物の餌やり、迷路、アスレチック。 さらには子ども向けのゴーカートまで。 子どもが好きそうなアトラクションばかりを好むヘンリー。 彼に付き合うのは、かなりの羞恥心と闘わなければいけないことが多く―― かなり、疲れる。
「さてっと、今日はどうしようかなあ」 休日。特に予定のない私は、居間でスマホをいじりながらのんびりと過ごしていた。 ――ピンポーン。 玄関のチャイムが鳴る。 しかし、誰も出る気配がない。 ん? 今、みんな出かけてるのかな? 少し面倒に思いながらも、私は腰を上げ、玄関へと向かった。 「流華!」 扉を開けた瞬間、ヘンリーが勢いよく飛び込んできた。 驚く間もなく、思いきり抱きしめられてしまった。「ちょ、ちょっと、いきなり何?」 突然の行動に面食らい、目を白黒させる。 ヘンリーはそんな私を真正面から見つめ、意味深な笑みを浮かべている。「ふっふー。流華、今日は僕とデートして!」 満面の笑みでそう告げられ、思わず問い返す。「……なんで?」「なんでも! お願い、お願い、お願いー!!」 まるで子どものように駄々をこねるヘンリー。 こうなったら、なかなか引かないことはわかっている。 面倒だな……と思いつつ、私は観念した。「……わかった。今日はとくに予定ないし、付き合うよ」「やったー!」 ヘンリーは嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる。 ほんと、子どもみたいなんだから……。 あきれたように笑い、小さくため息をつく。「ちょっと待ってて」 玄関にヘンリーを残し、出掛ける準備をしながら龍と祖父の姿を探した。 しかし、二人の姿はどこにも見当たらない。 あれ? 今日って、組の総会か何かあったっけ? 仕方ないので、私は机の上に書置きを残しておくことにした。「あと、念のためっと」 スマホを操作し、龍にメッセージを送った。「よし、じゃあ、行きますか!」 こうして―― 何もなかった私の休日は、妙にテンションの高いヘンリーとのデートへと変わった。 どこへ
「なんでもない。……それより、デートはどうだったの?」 なんでこんなこと聞くかな。 すぐに後悔した。 本当は聞きたくない。でも、気になる。「少し二人で歩いたあと、お食事して、果歩さんを家まで送ってきました。それだけです」 龍の視線は真っ直ぐに私に向いている。 そこに嘘はないんだとすぐにわかる。 それなのに――「で、どうだったの?」「は?」「感想よ。楽しかったとか、嬉しかったとか、果歩さんが可愛かった、とか……。 いろいろあるでしょ?」 ああ、また余計なことを。 口が勝手に動く。 止まらない。「もしかして、焼いてくれているんですか?」 龍が嬉しそうな顔をする。 なんだか、腹立つ。「そんなんじゃ……ない、わよ」 声はしぼみ、つい目をそらしてしまう。 面倒な子って思われないかな。 私はそっと龍の表情を盗み見る。 ……そこには、照れくさそうにはにかむ龍がいた。「嬉しいです……。お嬢にそんな風に思っていただけるなんて。 それだけで、俺は果報者ですね」 そのまま、私は龍に優しく抱きしめられる。 彼の体温がじんわりと伝わってきて、心が静かに波打った。「こりゃ、こりゃ……わしは邪魔じゃな」 祖父がこそこそと部屋を出て行く気配がした。「ふふっ、親父も本当は私たちに悪いって思っているんですよ。 素直じゃないですけど」 龍の言葉に、私は眉をひそめる。「本当に? そうは思えないんだけど」 二人でくすくすと笑い合う。 龍の腕が緩み、私たちは至近距離で見つめ合う。「流華さん、俺が愛している女性はあなただけです。 何度も言っているとは思いますが……他の女性が入る隙など、ありません」 熱い瞳で見つめられ、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
ヘンリーと別れた私は、家に帰ると真っ直ぐ洗面所へと向かった。 手を洗い、うがいを済ませたとき、ふとテレビの音に気づく。 その音源は、どうやら居間からのようだった。 ふと、私をこんな事態に陥れた張本人の顔が脳裏に浮かぶ。 気づけば、自然と足が居間へ向かっていた。 部屋をそっと覗き込んだ私の目に飛び込んできたのは、新聞を広げながら呑気にあくびをしている祖父の姿だった。 私は小さくため息をつく。「お、流華、お帰り。龍はまだじゃよ」 私に気づいた祖父が、笑顔を向けてくる。 こっちの気持ちも知らないで。「……わかってる」 少しムッとしながら、祖父と机を挟んだ反対側に腰を下ろした。 怒っていることを察してほしくて、わざと乱暴に座る。 だが、祖父は怪訝そうに眉をひそめるだけで、不思議そうな顔をした。「なんじゃ、不機嫌そうに。そんなんじゃ、龍に愛想つかされるぞ」「おじいちゃんに言われたくないわよっ!」 大きな声が部屋中に響く。 さすがの祖父も、驚いて目を丸くした。「な、なんじゃ?」「おじいちゃんのせいでしょ! 私たちずっとうまくいってたのに……めちゃくちゃよ! そんなに私たちの邪魔して、楽しい?」 感情をぶつけるように睨みつけると、祖父の表情が一瞬だけ怯んだように見えた。 しかし、すぐに余裕の笑みへと変わっていく。「ふんっ、これくらいでダメになるようなら、いつかダメになっとるわ。 本当にお互いを信頼していたら、心は揺れん」 痛いところを突かれ、私はぐっと言葉を飲み込む。「そんなの、わかってる。 わかってるけど、不安になるでしょ? 好きであればあるほど、苦しいの! おじいちゃんにはわからないよっ!」 悔しさに駆られ、勢いよく立ち上がった。 振り返り様に誰かに思いっきりぶつかってしまう。「いたっ!」